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最高裁判所第二小法廷 昭和59年(オ)553号 判決

上告人

西日本鉄道株式会社

右代表者代表取締役

木本元敬

右訴訟代理人弁護士

村田利雄

國府敏男

被上告人

石部隆次

右訴訟代理人弁護士

永野周志

右当事者間の福岡高等裁判所昭和五六年(ネ)第五八二号、同五八年(ネ)第四二号雇用関係確認請求控訴、同附帯控訴事件について、同裁判所が昭和五九年二月一五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人村田利雄、同植田夏樹、同國府敏男の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、上告人の被上告人に対する本件出勤禁止命令及び諭旨解雇並びに本件普通解雇がいずれも無効であるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原判決を正解せず又は独自の見解を前提として原判決を非難するものであって、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤島昭 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 香川保一 裁判官 林藤之輔)

上告理由

第一 本件の概要

1 上告人(以下「会社」という)の就業規則には六条として「所定の職務に従事するものは、勤務中私金を携帯してはならない。私金を持って出勤した場合は、ただちに、所属責任者にあずけなければならない。その職務の範囲は別に定める。」、七条として「社員が、業務の正常な秩序維持のためその所持品の検査を求められたときは、これを拒んではならない。」と規定されており、会社はもし乗務員等(就業規則六条により勤務中の私金の携帯、所持を禁止されている従業員をいう。)が勤務中に金銭を携帯、所持していた場合には、それが私金であるとの証明がついた場合には同規則五九条一七号により出勤停止以下の懲戒処分に、私金であるとの証明がつかないときは、同六〇条一三号「私金携帯を禁止されている者が勤務中私金の証明のつかない金銭を携帯したとき」により懲戒解雇処分に付していた。

2 会社は右就業規則六条には「携帯」の文言しか記載されていないが、「所持」の概念も含まれており、金銭を身につけることはもちろん、担当箱(会社が各営業所に、乗務員等のために設置して貸与している簡易ロッカー)や会社の施設管理権の及ぶ範囲内ならびにこれに準ずる場所(即ち乗務員等が勤務中に自由に出入りできる範囲内の場所―以下「会社構内等」という)に駐車している自家用車内にも金銭を置いてはならないとして、従来から乗務員等に対し、入社時はもちろん、日常も業務常会等においてその様に指導教育してきた。また就業規則七条の所持品検査については、安全地帯を作らない、即ち所持禁止の範囲と所持品検査の範囲は一致する、こととして担当箱や自家用車についても実施されてきた。しかし、実際には乗務員等の人権尊重の見地から通常行われる所持品検査においては携帯品の検査に止まり、ただ携帯品から金員等が発見されたような不正領得を疑わせる異常事態が発生したような場合には本人の携帯品の検査に止まらず、それ以上に担当箱や会社施設内に駐車された自家用車の検査を本人あるいは組合役員の立会の下に行っていた。

3 以上の就業規則の定めは、乗務員等による乗車賃の不正領得行為(以下「チャージ」という)を防止するためのものであるが、それでもなお会社においてはチャージがあとをたたず、特に昭和四五年二月には八幡自動車営業所において乗務員等が集団的にチャージするという大事件が発生して、会社は勿論、西日本鉄道労働組合(以下「組合」という)もまた痛烈な批判を受けた。

そこで会社は組合とともに、チャージ防止ならびに失墜した社会的信用回復のために、昭和四五年六月はじめに労使合同適正化委員会(以下「適正化委員会」という)を設けて、数次の協議を重ねた結果、同年一〇月末に、会社組合間において、同年内に私金取扱の手順を厳守すること並びに就業規則六〇条一三号に定められている「私金の証明」が今後厳格に解されることを周知徹底するとの合意に達した。この合意の内容は、就業規則六条、七条の私金の取扱、所持品検査のあり方については、前述した会社の従来からの実施事項を再確認して、これを実施することを周知徹底するというものであった(〈証拠略〉)。この合意に基づき会社は、告示文を掲示し、乗務員等及びその家族に対して文書を発送して、右適正化委員会の結果の周知徹底をはかった。組合もまた組合員に対して告示文を掲示するなどして周知徹底をはかった(〈証拠略〉)。

右会社の告示文や発送文書には、担当箱や会社構内等の自家用車も私金所持禁止とされ、所持品検査の範囲となることが明示されていた。

4 適正化委員会やそれと併行して行なわれた労使協議会において、組合から就業規則六条、七条の文言を実際と一致させるべきであるとの提案がなされ、右六条を「携帯もしくは所持」に、同七条を「携帯品および所持品」にそれぞれ修正し、関係条文もこれに一致するように修正された就業規則は、昭和四六年一月一日から施行されることになったが、この就業規則改正は、文言の修正にすぎないものであって、何ら実質的な改正が行われたものではない。

5 ところが、その後も昭和四六年一月から二月にかけて、乗務員等の金銭所持事件が数件発生したので、会社は就業規則六〇条一三号該当として、これに対する懲戒解雇を提案し、労使協議会において審議されたところ、このような事件が相次いで発生するのは、いまだ私金の取扱い手順を遵守することならびに「私金の証明」が厳格に解されることについての周知徹底が不十分なためではないかということが議論となり、これをうけて再び適正化委員会が開かれて協議された結果、再度周知徹底を行うことになり、告示文等によるほか、今回は私金の取扱い及び「私金の証明」が厳格に解されることについて乗務員等個々人に対して教育指導を行い、私金取扱いの手順を遵守することの確約、「私金の証明」が厳格に解されることについて指導を受けたことの確認をさせ、次のような内容の確認書に乗務員等の押印を求めることになった。

確認書

本日、所長より個人面接で、下記事項について指導を受け理解しましたので、今後私金(有価証券を含む以下同じ)の取扱いについては、十分に注意を致します。

一、勤務中私金を携帯もしくは所持しないこと

身につけないことは勿論、会社の管理施設権の及ぶ範囲内ならびにこれに準ずる場所の本人の占有する担当箱、自家用車等に所持してはならない。

二、私金を持って出勤した場合は、ただちに所定の手続きによって預けること

三、出勤時には、携帯品及び所持品(担当箱、自家用車内等)に私金がないか再度確認すること

四、万一勤務中に私金を携帯もしくは所持していた場合、これが私金であることの証明は、極めて厳格に解されることになり、家族等の単なる証言は私金の証明とはならないこと

なお会社は後に書面により確認書と同趣旨を表明したものは、押印したものとみなすことにした。

6 被上告人も以上について会社側から指導教育を受けたが、ついに確認書に押印せず、これにかわるべき文書も提出しなかった。会社において確認書に押印もせず、これにかわるべき文書も提出しなかったのは約一万名の乗務員等のなかで被上告人ただ一人であった。

しかも被上告人は、会社が他の乗務員等に指導教育をしているところを妨害したり、確認書に反対する趣旨のビラを無許可で配布したり、デモを行ってバスの出庫をおくらせたりする等の、他の就業規則違反行為を行った。

よって、会社は、被上告人の右確認書押印拒否の行為は就業規則六〇条三号「上長の職務上の指示に反抗しもしくは会社の諸規程、通達などに故意に違反しまたは越権専断の行為をしたとき」又は同条一五号「前条各号の一つに該当しその情状が重いとき」(同五九条三号「正当な理由なく上長の職務上の指示、会社の諸規程、通達などに従わなかったとき」)に該当し、その他の就業規則違反行為は同六〇条一五号(同五九条三号、同一六号「許可なく業務以外の目的で文書を掲示しもしくは配布したとき」)にそれぞれ該当するので、労働協約所定の手続を経たうえで、被上告人を昭和四六年一〇月二二日諭旨解雇した。

7 会社は、さらに昭和五七年一月一九日被上告人に対して予備的に普通解雇をした。その理由は、被上告人の確認書押印拒否は、結局は会社の就業規則を守らないという意思表示にほかならないので、その様な従業員との間に労働契約を継続することは不可能であるから、仮りに懲戒処分としての諭旨解雇の効力が認められないとすれば、普通解雇により被上告人との間の労働契約を解除したものである。

第二 上告理由

原判決は右「本件の概要」と同一事実を認定しながら、会社が確認書に押印を求めることは正当な職務上の指示等にあたるということはできないから、その拒否は前記懲戒事由に該当しないし、その他の就業規則違反行為についても、会社の業務上に支障をもたらしたことはなく、また支障をもたらしたとしても極めて軽微であったから、いまだもって諭旨解雇に値せず、すべての被上告人の行為を全体としてみても、なお諭旨解雇には値しない、普通解雇もまた理由がない、として、会社の主張をすべて排斥したのである。

しかし、原判決には、以下のとおり理由の不備または齟齬があり、かつ、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈、適用の誤りがある。よって、破棄を免れない。

一 確認書押印拒否についての原判決の誤り

1 先ず原判決は「会社では乗務員等によるチャージ行為があとをたたないが、チャージした金銭の隠匿場所としては担当箱や自家用車も含め様々な場所が利用されていること、そのような実情から、会社は従来から所持品検査に関しては安全地帯を作らないとの方針のもとに右就業規則六条により乗務員等は勤務中私金を身につけることはもちろん、会社施設内の担当箱、自家用車等に私金を所持することも禁止されるものと解釈し」(原判決引用の一審判決二六丁、以下「一審判決」とのみいう)、「その旨乗務員等に指導教育をなしたこと、所持品検査は、各営業所が独自に一月に約二回行う検査の外本社の巡視員や本社営業局自動車部の係員が行う検査とがあり、会社は就業規則改正前においても規定の解釈上私金所持が禁止された場所と所持品検査が可能な場所とは一致するとの見解を採っていたが、乗務員等の人権尊重の見地から通常行われる所持品検査においては携帯品の検査に止まり、ただ携帯品から金員等が発見されたような不正領得を疑わせる異常事態が発生したような場合には本人の携帯品の検査に止まらず、それ以上に担当箱や会社施設内に駐車された自家用車の検査を本人あるいは組合役員の立会の下に行っていたこと、」(原判決九丁一一行目から九丁裏九行目)、「適正化委員会において組合は右会社の方針及び就業規則の解釈を再確認し、これを了承しており、また、営業所ごとに労使が協議して会社施設近くにある駐車場を会社施設に準ずる場所として指定した場合には乗務員等はその場所にある自家用車等に私金を所持することを禁止され、そこも検査の対象とすることが労使双方で確認されたこと、一方右委員会において組合から、右六条の「携帯してはならない」ということの文字通りの意味は「身につけてはならない」というにすぎないから、もし金銭所持を禁止する場所及び所持品検査の範囲を会社のように解釈して規制を続けていくのであれば、規定の文言をそれに合うように改めるべきではないかとの指摘がされ、そこで会社は検討の結果右六条を「所定の職務に従事する者は勤務中私金を携帯もしくは所持してはならない。私金を持って出勤した場合には、ただちに、所属責任者にあずけなければならない。その職務の範囲および私金の取扱いについては別に定める。」と、同七条を「社員が業務の正常な秩序維持のためその携帯品および所持品の検査を求められたときは、これを拒んではならない。」と、また右義務違反に対する懲戒規定の文言も右に統一して改正し、その他の若干の改正とも合わせ昭和四六年一月一日から実施することとして従業員にこれを告知したこと、前記「会社施設に準ずる場所」は今日に至るまで指定された例はないことが認められる。」(一審判決二六丁末行から二七丁九行目)、続いて、「乗務員の人権侵害となるべき所持品検査は、右のような場所については、不正領得摘発のためであろうと定期的一般的なものであろうと、また成文の規定を設けようが設けまいが、いずれにしても、限られた範囲の必要最少限においてのみ可能であると解するほかはない。そしてその範囲は、所持品検査を必要とする具体的な事情とその必要性の程度によって、一義的には画定しがたいものであって、結局、どのような場合に(例えば、具体的に不法領得した乗車賃をそこに隠匿したことを疑うに足りる合理的な理由のある場合であるかどうか)、どのような条件のもとに(例えば、本人の同意、本人の立会を要するものとするかどうか)、どのような方法で実施するか(例えば、本人に開扉させ内部を視認するにとどめるのか、会社の担当者が手を触れるのか、それにとどまらず置かれている品を一々点検するのか)等によって、その可否が決せられるものといわざるを得ない。」(原判決一四丁裏三行目から一五丁六行目)として、担当箱や自家用車についての所持品検査は、こうあるべきであるという、所持品検査の態様またはあり方を判示している。次いで原判決は、「とはいえ、本件確認書の第一ないし第三項は、所持品検査については何ら触れるところがなく、直接には前記のような制度を採ることのみにかかわるものであって、それ以上のことは含まないから、その内容自体は会社が業務上の指示として乗務員に命令することの可能な事項であるといえる。」(原判決一五丁七行目から一二行目)として、確認書の第一項ないし第三項は、業務命令として、乗務員等に命令し得るものとしながら、再び所持品検査の態様の問題をここに持ち出したうえで、会社が乗務員等に対し確認書第一項ないし第三項に押印を求めることは、乗務員等が、自ら不作為義務を負うことを誓約するという形で、原判決がさきに示しているような、本来具体的事案によってその可否が決せられるべきである担当箱や自家用車に対する所持品検査及びその態様またはあり方を、画一的に実施できるように強制することになる、従って、確認書の記載事項を誓約し、それに押印を求めることは、新たな「制度」を画定することになるから許されない、と結論しているのである。

2 しかし、右原判決は、私金不携帯、不所持に関する事項を「制度」と表現しているけれども、それは「制度」ではなくて、原判決も、前記のとおり事実として認定しているとおり、従来からの会社における就業規則六条、七条の解釈、適用の実態なのである。従って、乗務員等も平常右のとおり実施し、担当箱や自家用車についても所持品検査を受けてきたのであり、組合もこれを承認していたものであって、右実態は、既に、会社と乗務員等との間の個々の労働契約の内容となっていたものであるといわなければならない。従って、被上告人自身も甲第四三号証(別件福岡高等裁判所昭和五二年(ネ)第三五五号事件の本人尋問調書六二、六三、一二三および一二四項)において、会社に入社した直後一、二度ロッカー(担当箱)の検査を受けたことがあることを自認しているのである。

3 以上によれば、原判決は、以下の三つの点において重大な理由の不備または齟齬があり、かつ判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈、適用の誤りを犯している。

その第一点は、確認書に押印することは従来の労働契約の内容を何ら変更し、拡大するものではないのに、これを超えて、新たに不作為義務を負わせることにより、新制度を画定することになると判示していること。

第二点は、確認書の第一ないし第三項は命令しうることであるとしながら、これに押印を求めることは、右命令とは直接関係のない所持品検査を、無制限に実施しうるということになる、または無制限に実施することの承認を強制することになるから、結局確認書第一ないし第三項も正当な職務上の命令とはいえなくなると判示していること。

第三点は、確認書の内容は命令しうることであるが、これに押印すると、場合によっては不利益を受けることになるかもしれないから、確認書に押印すること、即ち確認書の内容を命令すること自体が許されない。

と判示していることである。

第一点について

確認書の第一ないし第三項は、原判決も事実として認定しているとおり、従来会社が実施してきた就業規則六条、七条についての解釈、適用を、そのとおり記載したものであり、乗務員等は勿論組合も承認している会社における私金取扱の実態であって、前述のとおり既に会社と乗務員等との間の個々の労働契約の内容となっているものである。原判決も、右実態は、バス事業を経営する会社として必要性、合理性があり、正当であると判示しているところである。

しかるに、原判決が、「本来会社は右のような場所(担当箱や自家用車をいう)についての所持品検査をどのような場合にどのような態様で行うかを含めて、自身の責任により、所要の手続を踏んでこれを規程に定め公示するとか、そうでなくとも告示文にして掲示し、または心得・指示といった形式でこれを文書化し乗務員に所持させ、必要ある場合更に口頭その他の方法で説明するなどの手段によるべきであって、そのような方法による指示にあえて違反した個人に対し制裁に代えてするなど特段の事由のある場合は格別、単に乗務員による乗車賃の不正領得事故が続発する事態が生じたというだけでは、思想表現の自由を有する乗務員に対して、全員一律にではあっても、当然にはそのような禁止事項を自身の発意に基く不作為義務の形で乗務員の責任において誓約すべきことを強制し、これをもって本来会社が自らの責任において定むべき制度を代わって画定させることはできないというべきである。」(原判決一五丁裏一行目から一六丁三行目)として、既に担当箱や自家用車に対しても所持品検査がなされていた実態があるのに拘らず、担当箱や自家用車にも所持品検査ができるという制度を新たに画定することになるから、確認書に押印を求めることはできないと判示した。この判示は前後相矛盾し、原判決が自ら認定した従来から担当箱や自家用車にも所持品検査が行なわれていたという事実を忘却した判断であって、重大なる理由不備または齟齬であり、かつ労働契約に関する法令の解釈、適用を誤ったものであって、判決に影響を及ぼすことが明らかである。

第二点について

原判決は、担当箱や自家用車に対する所持品検査について、前記したとおり、「乗務員の人権侵害となるべき所持品検査は、右のような場所については、不正領得摘発のためであろうと、定期的一般的なものであろうと、また成文の規定を設けようが設けまいが、いずれにしても、限られた範囲の必要最少限においてのみ可能であると解するほかはない。そしてその範囲は、所持品検査を必要とする具体的な事情とその必要性の程度によって、一義的には画定しがたいものであって、結局、どのような場合に(例えば、具体的に不法領得した乗車賃をそこに隠匿したことを疑うに足りる合理的な理由のある場合であるかどうか)、どのような条件のもとに(例えば、本人の同意、本人の立会を要するものとするかどうか)、どのような方法で実施するか(例えば、本人に開扉させ内部を視認するにとどめるのか、会社の担当者が手を触れるのか、それにとどまらず置かれている品を一々点検するのか)等によって、その可否が決せられるものといわざるを得ない。」(原判決一四丁裏三行目から一五丁六行目)と判示しているが、原判決が所持品検査の範囲と表現しているのは相当ではなく、所持品検査の態様ないしは方法というべきであり、原判決がそうあるべきであると判示している態様ないし方法は、従来会社が行っていたところと同一なのであって、従来そのように行われていた事実を原判決も自ら次のように認定しているところなのである。

即ち「所持品検査は、各営業所が独自に一月に約二回行う検査の外本社の巡視員や本社営業局自動車部の係員が行う検査とがあり、会社は就業規則改正前においても規定の解釈上私金所持が禁止された場所と所持品検査が可能な場所とは一致するとの見解を採っていたが、乗務員等の人権尊重の見地から通常行われる所持品検査においては携帯品の検査に止まり、ただ携帯品から金員等が発見されたような不正領得を疑わせる異常事態が発生したような場合には本人の携帯品の検査に止まらず、それ以上に担当箱や会社施設内に駐車された自家用車の検査を本人あるいは組合役員の立会の下に行っていた。」(原判決九丁一二行目からその裏八行目)。

しかるに、原判決は、前判示において所持品検査の態様ないし方法は一義的には画定しがたく、具体的事案によってその可否が決せられるべきであるとしながら、一転して、判示の後段においては、「本来会社は右のような場所についての所持品検査をどのような場合にどのような態様で行うかを含めて、自身の責任により、所要の手続を踏んでこれを規程に定め公示するとか、そうでなくとも告示文にして掲示し、または心得・指示といった形式でこれを文書化し乗務員に所持させ、必要ある場合更に口頭その他の方法で説明するなどの手段によるべきであ」る(原判決一五丁裏一行目から七行目)として、態様ないし方法を、一義的に、規程、告示文等によって示すべきである、と判示している。右は明らかに論理の矛盾、即ち理由の不備または齟齬である。

しかも、原判決は、所持品検査の範囲と、実施の態様ないし方法を混同している。即ち所持品検査の範囲が一定せず、どこでも無制限に実施できるとするのは、人権侵害の最たるものであって、許されないのは当然であり、所持品検査の範囲は一定されていなければならない。会社は、従来から所持品検査の範囲は、私金の携帯、所持禁止の範囲と一致すること、即ち安全地帯を作らないこと、としていたのであり、担当箱や自家用車も所持禁止の範囲としているから、所持品検査の範囲もそこまで及ぶとしていたのである。原判決は、バス事業を営む企業としての会社が、担当箱や自家用車にまで私金を保持しないように求めることも正当であると判示しているのであるから、所持品検査の範囲もそこまで及ぶものとして何ら差しさわりはないといわなければならない。しかし、所持品検査の範囲が一定しておれば、その範囲内であれば、何時でも、何処でも無制限に所持品検査ができるか、といえば、そうではなくて、原判決が判示しているとおり、具体的事案に即して、可否が決せられるべきであるとするのは、むしろ当然である。

故に、会社は、担当箱や自家用車については、実際には、疑わしきことがあった場合に、本人または組合役員立会のもとにこれを検査していたのであり、この事実は原判決も認定しているとおりなのである。右のように、所持品検査の範囲は一定していなければならないが、その実施の態様ないし方法は、人権侵害にならないよう具体的事案に即して可否が決せられるべきであるとすることが、原判決においてはこれが混同されており、原判決が担当箱、自家用車については、所持禁止の範囲としては認めるが、所持品検査の範囲としては認められず、具体的事案によって担当箱や、自家用車が所持品検査の範囲となり得るが如く判示しているのは、明らかに理由の不備または齟齬である。

さらに原判決は、確認書には所持品検査については何らふれるところがないのに拘らず、その説明の段階において会社が所持品検査については安全地帯を作らない趣旨の発言をした事実をとらえて、会社が確認書に押印させることをもって、新たに所持品検査の範囲と、実施の態様ないし方法を画一的にすることを強制したものであるから、結局確認書第一ないし第三項を、命令としては認められない、従って押印するか否かも乗務員の自由であると判示している。この判断は、本来業務命令としてなし得る私金不携帯、不所持に関する確認書第一ないし第三項の業務命令とは別個のことである所持品検査について、その範囲、態様に問題があることを理由に、本来なし得る右業務命令自体を違法とするものであって、理由不備または齟齬であるといわざるをえない。しかも、原判決は、「右認定によれば、会社が本件確認書に押印を求める趣旨は、第一ないし第三項についてはその内容となっている私金取扱いの手順の遵守を確約させるというものであったと認められる。」(原判決引用の一審判決二五丁裏一行目から四行目)として確認書押印と所持品検査は別であることを認定しているのであるから、前判示のように確認書押印と所持品検査とを一体のものとして考え、または故意に一体化して判示し、もって確認書押印が業務命令とはいえないとしている原判決は、自己矛盾を犯しており、このことは理由不備または齟齬の最たるものといわなければならない。

第三点について

原判決は、右のとおり、確認書に押印を求める趣旨は、第一ないし第三項についてはその内容となっている私金取扱いの手順の遵守を確約させるものであったとし、右第一ないし第三項は業務命令として命令し得る事項であるとしているのであるから、被上告人は、右第一ないし第三項の遵守を確約する義務があり、当然、命令を受けたものとして、押印をする義務があるとしなければならない。しかも、右命令を受けること、即ち確認書第一ないし第三項の遵守を確約することによって、被上告人が直接何らの不利益を受けるものでないことは自明のことである。

また確認書の第四項は、その旨教育、指導を受けたことのみを確認するということであったから、これに押印することによって被上告人は直接何らの不利益を受けるものではないから、確認の証として押印を求められたときは、会社の従業員としてこれに従うべきが労働契約上当然というべきである。

一審判決が「右認定によってみれば、本件確認書第一ないし第三項は従来から就業規則六条に基づき乗務員等に課されている私金取扱上の義務及びこれに附随して守られるべき私金取扱の手順を周知させ、その義務の遵守を確約させる趣旨のものであって、被上告人主張のように右就業規則の規定を一方的に変更して私金の所持を禁止する場所及び所持品検査の範囲を拡大したうえ、それにつき個別に労働者の同意を得ようとするものではないということができる。そうすると、被上告人は本件確認書第一ないし第三項についてその遵守を確約する義務があるというべきである。」、「(三)次に前記認定によれば、会社が本件確認書に押印を求める趣旨は、その第四項については、その旨教育、指導を受けたことのみを確認してもらうということであったと認められる。ところで、使用者が従業員に対し職務上の事柄につき教育指導を実施し、各従業員がその教育、指導を受けたことの確認をとるための方法として各従業員に対しその旨記載した書面に押印を求める場合には、各従業員は、それに押印することにより故なく不利益な効果を受けるという特別な場合を除いてその教育指導内容の当否を問題にして押印を拒むことはできないというべきである。本件の場合就業規則六〇条一三号の規定の解釈について教育指導がされたわけであるが、その内容の当否はともかく、被上告人がその教育指導を受けたことを確認する趣旨で本件確認書に押印することにより格別不利益な効果を受けるものとは認められず、被上告人は本件確認書第四項について教育指導を受けたことを確認する義務があるといわなければならない。以上によると、被上告人は本件確認書に押印する義務があるというべき」(一審判決二七丁裏六行目から二八丁裏八行目)であると判示しているのはまことに正当である。

ところで、右確認書第一ないし第三項は、這般来記述したとおり、被上告人として当然遵守すべきものであるから、これに押印をしようが、しまいが、若しこれらに違反したときは処罰を受けるのは当然としなければならない。

しかるに、原判決は、「とりわけ本件においては、会社側が本件確認書に乗務員の押印を求めるにあたって、随時担当箱や自家用自動車についても所持品検査を行うことがあり得る旨を明らかにしていたことは前認定のとおりであるのに、本件確認書の第一ないし第三項はこの点について全く触れるところがないから、乗務員の側にとってはそのような確認書への押印は会社側のいう随時の強制的所持品検査(所持品検査の拒否は解雇原因である〔〈証拠略〉就業規則六〇条一四号〕)を甘受することの承認を意味すると考えても無理からぬ事情があったというべきであるばかりでなく、本件確認書第四項は、乗務員が第一ないし第三項に則り自らの責任において厳重な注意を払い勤務中私金を携帯・所持しない義務を負担したことを前提とし、その故に、乗務員が勤務中に乗車賃と区別された金員を携帯又は所持していたときは、よくよく厳密な確証のないかぎりこれを私金とは認めて貰えないこと(すなわち実質的には、乗車賃を不正に領得したか、私金の証明のできない金員を携帯・所持したものとして、諭旨解雇または懲戒解雇の理由ありとの取扱を受くべきこと〔〈証拠略〉就業規則の六〇条一一号、一三号〕)を、その内容とするものであるから、不注意のためにロッカーや自家用自動車内に現金を置き忘れたり落したり(悪意ある他人に現金を入れられたり)しているとき偶々所持品検査を受けこれを発見されたような場合、本件確認書に押印した事実は、懲戒解雇を免れる途を自身の行為によって事実上閉ざしたことになる可能性をもつ関係にもあった、ということができる。」(原判決一六丁四行目から一七丁四行目)と判示して、確認書に押印するか否かは乗務員等の自由に任せられるものと結論している。従って、拒否の自由のない命令として押印させることはできないというのである。

右判示も亦、確認書の内容とは全く関係のない別個の問題を持ち出して来て、判示前段において、命令しうる事項であるとしながら、結局は命令しえないのであると結論づけているのであり、明らかに理由の不備または齟齬であるといわざるをえない。

即ち乗務員等の一員である被上告人としては、先ず労働契約を誠実に履行すべき義務があり、その義務の一つとして、勤務中は私金を携帯、所持してはならず、その範囲は担当箱、自家用車にも及び、私金を持って出勤したときはこれを会社に預け、所持品検査の場合は、通常は携帯品検査に止まるが、場合によっては本人または組合役員立会いのうえで担当箱や自家用車の検査も行われるということを承認し、実施しているのである。従って、このような労働契約上の義務を履行しておれば、何ら処罰を受けたりすることはないのにかかわらず、この義務の履行に欠けることがあった場合のことを考慮して、労働契約上の義務の遵守を確約せず、指導、教育を受けたことを確認しないでおけば、万一義務の履行に欠けることがあった場合にも直ちに処罰されることはないであろう、逆にいえば原判示のように、確認書に押印すると、万一義務の履行に欠けた場合には、弁明とか反証の余地なく処罰されるかの如く、妄想して、しかるが故に、押印するか否かは、被上告人の自由であるとする原判決の判断は、業務命令の履行状況及びその当否ならびに私金の証明の難易、即ち業務命令自体とは関係のないことがらの当否によって、業務命令自体の当否を判断しているのである。これは明らかに理由の不備または齟齬であり、かつ経験則に反し、労働契約についての法令の解釈、適用を誤ったものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

4 以上のとおりであるから、原判決は先ず確認書押印拒否の点において、既に破棄を免れない。

二 被上告人のその他の就業規則違反行為に関する原判決の誤り

1 原判決は、引用する一審判決のとおり、上告人が主張した被上告人の以下一連の(1)ないし(7)の就業規則違反行為の存在を認めている。

(1) 昭和四六年七月八日戸畑営業所事務室で賀元所長と斉藤主任が自動車車掌岩崎利恵子に対し確認書についての指導説得を行なっていた際、傷病休職中のため会社を休んでいた被上告人が入って来たので同主任が退去するよう命じたが、被上告人はこれに従わず会社の業務を妨げた。

(2) 同月一九日被上告人は出勤停止処分中にもかかわらず、会社の許可なく背中に「乗務禁止を解け、白谷、大谷線ワンマン反対」と書いたゼッケンをつけ同営業所乗務員控室において本件確認書への押印反対を組合員に訴えるビラを配付した。それを見た賀元所長がビラ配付の制止および退去を命じたが、被上告人は退去しなかった。

(3) 同月二二日被上告人は出勤停止処分中にもかかわらず同営業所に来所し、自動車運転士小畑寛士、同高島民雄、前記岩崎利恵子と共に同営業所事務室において、賀元所長に対し右小畑寛士、岩崎利恵子に対する出勤禁止命令(確認書押印拒否を理由とする)が不当であると抗議した。

(4) 同月二三日被上告人は出勤停止処分中にもかかわらず、会社の許可なく同営業所乗務員控室において本件確認書への押印を求める会社の施策に反対し、押印拒否者に対する出勤禁止処分に抗議する趣旨の二種類のビラを配付し、さらに同日前記三名および石田啓記とともに賀元所長に対し、前日同様の抗議を行った。

(5) 同月二八日被上告人は就業時間中同営業所三階勤務宿泊所で下着(ランニングシャツ、ステテコ姿)だけになって寝ていた。それを見た長浜助役が制服を着用し乗務員控室で待機するよう指示したところ、被上告人は処分するならばすればよいではないかと言って反抗し指示に従わなかった。

(6) 同月二九日被上告人は会社の許可なく同営業所乗務員控室において会社の配転計画及び本件確認書への押印を求める施策に反対するビラを配付し、永留助役より注意を受けた。

(7) 同年八月七日被上告人は出勤禁止中にもかかわらず会社の許可なく同営業所乗務員控室において前記(4)のビラと同趣旨のビラを配付し、またデモ隊の先頭に立って確認書粉砕を叫びながら同営業所構内に侵入し、賀元所長等の制止にもかかわらずジグザグデモを繰り返し、さらに同構内出庫口付近で演説を行った。賀元所長等がバス出庫の妨害になるので演説の中止と構内よりの退去を再三にわたり指示したが、被上告人はこれに従わず、演説終了後ようやく退去した。このため約四〇分の間バスの発着は妨害を受け、バス四、五台が、四、五分遅れで出庫するのやむなきに至り、業務に支障をきたした。

2 しかして、原判決は、(1)の事実について、「右行為は就業規則五九条三号に該当するといえるが、被上告人は休職中で、その時は勤務があったわけではなく、(証拠略)によれば、被上告人は入室中黙って傍で話を聞いていただけで、口をさしはさむなどして右指導を妨害する行為は何ら行っていないことが認められ、このことを考え合わせると右行為は本件諭旨解雇に値するほどの規律違反行為とは認められない。」(一審判決三二丁裏一行目から八行目)と判示した。

企業はその業務運営と秩序を維持するために、これらを阻害する行為者に対して、懲戒するのは、当然であり、特に反企業的であり、企業の秩序と威信を害するものに対しては解雇をもってのぞむのは、社会通念として当然であり、かつ、そうすることが経験則に合致するところである。

被上告人のこの行為は、反会社的であり、会社の秩序と威信を害すること甚しいものであり、経験則、社会通念上、解雇されるのが当然である。

しかるに、原判決が、「右指導を妨害する行為は何ら行っていない」として、被上告人に対する諭旨解雇を無効としたのは、経験則、社会通念に反し、結局判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈、適用を誤ったものである。

3 つぎに原判決は、(2)ないし(4)及び(6)の事実について、「ビラの配布がされた乗務員控室は、乗務員が待機、休憩する場所で雑談するなどしてくつろぐことが許されているところであること、配布に要した時間はいずれも短時間であり、右(6)のビラ配布は午前九時からの勤務時間前にされていることが認められるのであって、ゼッケンをつけたり、ビラを配布したりした行為が会社の業務運営に直接支障を与えたとは認められない。」(一審判決三三丁八行目から裏一行目)と判示した。

しかし、乗務員が待機、休憩し、雑談などしてくつろぎ、もって次の就業のための準備をする場所である控室において、会社の施策を批判し、就業規則に定められた手順や規制を守るなという趣旨のビラを配布すれば、他の乗務員に心理的影響を与えて平静を失わしめることは必定であり、ひいては業務運営に支障をもたらし、時によっては被上告人と他の乗務員との間にビラの内容及び配布行為についての喧嘩口論となり、次の就業に支障を生ずるおそれがあったのである。

ビラ配布の規制は、会社の業務運営に支障を生ぜしめないためにするのであって、ビラ配布規制の可否、規制違反に対する懲罰の可否を、ビラ配布の結果の業務運営支障の有無によって決するのは本末顛倒であり、規制ないし禁止規定の存在意義を否定ないしは誤解するものである。

よって、原判決が業務運営に支障を与えたとは認められないとして、被上告人に対する諭旨解雇を無効としたのは、一般的な禁止規定において、具体的な実害発生を構成要件とする解釈に外ならず、その規定の如何によっては、その構成要件上実害発生の虞れをも含む場合がある。労働契約上の就業規則における禁止規定は、事の性質上、当然虞れを含むものであるから、前記原判決の禁止規定に関する法令の解釈、適用は誤ったものと言うの外なく、判決に影響を及ぼすことが明らかである。

4 (5)の事実に関しても、原判決は「被上告人の行為により業務上の支障は生じていないとみられる、」として、諭旨解雇に値しないとしている。

しかし、就業規則違反行為について、業務上の支障の有無、即ち実害の有無によってその懲戒処分の可否を決するのは、右3に記したのと同様、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈、適用の誤りである。

5 (7)の事実に関しても、原判決は所謂実害論にたって、諭旨解雇に値しないとしている。

しかし、ビラ配布行為については、前記3と同様の理由により、またデモ等の行為については、バスの出庫に限るならば若干の支障を生じたにすぎないかもしれないが、会社がデモ等の行為に対処するため、多くの人員を配置して警戒し、警告し、排除するなどの措置をとらざるを得なかったのであるから、所長以下多くの人員がその間日常の業務を執り行うことができず、もって日常の業務に支障、即ち実害を生ぜしめたことを原判決は看過している。

よって、この事実に関しても、原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈、適用の誤りを犯している。

6 さらに原判決は、右(1)ないし(7)の各就業規則違反行為ならびに確認書に対する押印拒否行為を全体としてみても、未だ諭旨解雇には値しないと判示している。

しかし、右確認書押印拒否行為は、原判決が認定した事実によってみれば、会社の就業規則を遵守しないとの意思の発現であり、その他の一連の就業規則違反行為も(5)の事実を除いて右と同じであり、かつビラ配布行為は、他の乗務員に対してもこれを煽動したことであって、いずれも会社に対する反抗の意思の強度な発現行為である。

原判決も指摘している(原判決一九丁裏一〇行目)とおり、労働契約における信義則上、かかる会社に対する反抗の意思を行動に現わし、かつ明らかに会社の就業規則を遵守しないとの意思を表示するものについてまで会社が労働契約を継続する義務はないものといわなければならない。

よって、右被上告人の確認書押印拒否、その他の就業規則違反行為を全体としてみるときは、当然諭旨解雇に相当するものであるに拘らず、これを否定した原判決は、懲戒ないし解雇に関する法令の解釈、適用を誤ったものであり、判決に影響を及ぼすことが明らかである。

7 原判決は、(1)ないし(7)の行為すべてについて、いずれも会社が主張している懲戒規定に該当することを認めながら、諭旨解雇には値しないとし、右各行為及び確認書押印拒否を全体としてみても、なお諭旨解雇に値しないとしている。

しかし、懲戒処分をどの程度にするか、解雇しなければならないか否かは、会社の裁量の範囲内にあるものであって、事実に拠っていないとか、著しく妥当を欠くとか、経験則に反するとかの、特段の事情がない限り、裁判所がその軽重の判断を差し挟むべきものではない。

このことは公務員関係について最高裁判所判例の示すところであり、これが私企業にも妥当するものであることは勿論である。

企業は労働を組織化し、一定の秩序に組み入れてその業務を運営しなければ、これを維持することができないのであって、そのために就業規則等の規範を制定する権限も有しているのであるから、この様な労働の組織化と秩序維持のために、懲戒処分の選択及び量定に関する裁量権はその企業に属するとするのが妥当である。

従って、原判決が、いずれの行為についても就業規則に違反し、懲戒規定に該当することを認めながら、諭旨解雇に値しないとして、会社の裁量権を否定しているのは、労働契約ならびに懲戒に関する法令の解釈、適用を誤ったものであって、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

三 予備的普通解雇に関する原判決の誤り

1 原判決は、会社が予備的になした普通解雇についても、「本件について、会社が普通解雇事由として掲げた各事由が解雇を相当とする事由に該当するか否かについて判断するに、これまで判断してきたように、本件確認書については被上告人はこれに押印すべき義務はなく、押印を拒否したことをもって普通解雇を相当とする事由ということはできず、また、その他の規律違反行為についても、前記認定した事実によれば、いまだ普通解雇を相当する事由とは認められず、他に本件普通解雇を相当とする事由を認めるべき証拠もない。」(原判決一九丁裏末行から二〇丁七行目)として、これを無効としている。

2 しかし、会社が被上告人に対する普通解雇の理由とするところは、確認書に押印を拒否したこと、その他の一連の就業規則違反行為があったことであるが、右確認書押印拒否行為は、原判決が認定した事実によってみれば、会社の就業規則を遵守しないとの意思の発現であり、その他の一連の就業規則違反行為も(5)の事実を除いて右と同じであり、かつビラ配布行為は、他の乗務員に対してもこれを煽動したことであって、いずれも会社に対する反抗の意思の強度な発現行為である。原判決も指摘している(原判決一九丁裏一〇行目)とおり、労働契約における信義則上、かかる会社に対する反抗の意思を行動に現わし、かつ明らかに会社の就業規則を遵守しないとの意思を表示するものについてまで、会社が労働契約を継続する義務はないものといわなければならない。本件当時、被上告人は私金不携帯誓約書に押印を拒否したことにより、出勤停止一〇日間の懲戒処分の執行中であった。即ち会社と被上告人との間の労働契約上の信頼関係は既に完全に破綻し、修復の可能性はないのである。

しかるに原判決が、被上告人の確認書押印拒否、一連の就業規則違反行為を単に表面的皮相にのみみて、その行為が何を内包しているか、即ち被上告人のどのような意思が発現されてかかる行為となったのかを看過して、なお会社と被上告人との間に労働契約上の信頼関係が存続するとしたのは、労働契約、ならびに解雇に関する法令の解釈、適用を誤ったものであり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるといわなければならない。

以上

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